2007年01月10日

古地図の7割が「東海・韓国海」表記

中央日報
古地図の7割が「東海・韓国海」表記

学界では、高麗時代の文献などを類推解釈し、韓半島と日本の間の海が「東海(トンへ、日本名・日本海)」と呼ばれたのは少なくとも2000年前からだと考えている。 西暦414年に建てられた広開土大王碑にも東海という名称が登場する。

国政広報処が01年から3年間にわたり米国・英国・フランスの図書館などに所蔵された古地図594点を調査した結果、全体の71%にあたる420点が「東海(East Sea)」または「韓国海」(Sea of Korea)または「韓国湾」(Gulf of Korea)」と表記していた。 日本海(Sea of Japan)と表記された古地図は70点(12%)にすぎなかった。

日本海という名称が広く使われ始めたのは1929年から。 海や海底地形の名称を決定する国際水路機関(IHO)が世界海図初版を作成しながら「日本海」と表記したためだ。 日本の植民地だった韓国はこれに対して全く手を出せなかった。 こうした状況は91年に韓国政府が公式的に問題を提起するまで約60年間続いた。

政府は当時、国連に「東海」表記の正当性を主張した。 学界と市民団体も動いた。 90年代後半、外国の地図業者・教科書製作業者・インターネット業者などを対象に東海表記改正要求運動が活発に行われた。 大学生を中心に‘独島・東海の正しい表記運動’を繰り広げてきた「バンク(VANK)」という団体が率先した。 この団体は機関と業者を説得し、「東海」表記や「東海・日本海」併記を誘導した。 バンクのパク・キテ代表は「有名雑誌の『ナショナル・ジオグラフィック』など、これまで約300カ所の表記を変えるのに成功した」と語った。

IHOは02年に「日本海」表記が削除された世界海図を発行しようとした。 草案まで作った。しかし日本の反対で採択されず、改訂版作業自体が中断した状態だ。

「東海」を第3の名称で呼ぼうという提案も何度か出てきた。 43年に中国学界は「太平海と呼ぼう」という意見を出した。 日本の朝日新聞は02年8月、「青く美しい海という意味を持つ『青海』は一つの提案」とした。 同じ意味で「滄海」という提案もあった。 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が述べた「平和の海」は金泳鎬(キム・ヨンホ)柳韓(ユハン)大学学長(元産業資源部長官)が80年代に初めて提示した。

政府は5月に開かれるIHO総会で東海に表記を正すよう要求する予定だが、IHOは「この問題は韓日両国がまず合意しなければならない」という立場だ。







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posted by 遇六 at 07:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
朝鮮では確か13世紀の文献が最古なのにどうやって2000年前だと言い切ったんですか?

まぁ、古代になんて呼んでいようと現在の呼称には何の関係もありませんね。
Posted by takoyan at 2007年01月10日 15:23
思想の自由ですね。
Posted by 管理人 at 2007年01月15日 00:20
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